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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)29号 判決

原告 菊山喜久治

被告 国

訴訟代理人 中西茂 後藤博司 ほか九名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一三億九二一五万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、三重県一志郡美杉村川上字大河内二六八九番一所在の山林四八二・九七五平方メートル(以下「本件山林」という。)を所有している。

2  本件山林は、昭和四五年一二月二八日付官報により自然公園法(以下「法」という。)に基づき室生赤目青山国定公園(以下「本公園」という。)の第三種特別地域に指定された。

もつとも、右官報で供覧されたはずの区域図はその後昭和四八年一二月一八日になって、原告の採石計画が明らかとなつた後に本件山林の所在地の美杉村役場に備え付けられた。

原告は、本件山林の利用方法を考えていたところ、昭和四八年五月ころ本件山林には片麻岩と花崗岩が多く、これらの石材は道路敷用としても建築の骨材としても適当で、表土も薄いので採取したら利益が上がることが判明した。

3  そこで、原告は、昭和五〇年七月三〇日法一七条三項に基づき、三重県知事に対し、別紙のとおり土石採取をするための許可申請(以下、「本件申請」という。)をした。しかし、右知事は、昭和五〇年一二月九日付で不許可(以下「本件不許可決定」という。)としたので、原告は、同五一年一月一九日環境庁長官に対し審査請求を行つたところ、法三四条により公害等調整委員会は、同五二年六月二〇日原告の申請を棄却する旨の裁定をした。

よつて、原告は、昭和五二年八月一〇日法三五条一、二項に基づき環境庁長官に対し、本件不許可決定により発生した損失について一四億〇六六二万七〇〇〇円を補償されたい旨の損失補償請求をしたところ、右長官は同五六年二月二〇日右同条三項の補償すべき金額は零円であることを決定し、同月二六日原告代理人に対しその旨を通知した。

4  しかしながら、被告は法三五条一項により、原告が蒙つた損失として一三億九二一五万三〇〇〇円を補償すべき義務がある。すなわち、本件申請が不許可となつた理由は、本件山林が法により国定公園の第三種特別地域に指定されたことに起因するものであることは明らかである。本来であれば、原告は、本件山林の所有者として、土石を採取する許可を申請すれば当然許可され、自ら土石を採取し又は他人をして採取させて販売する等して利得を享受できたはずであるところ、本件山林が法により第三種特別地域内になつたため自然景観保護の見地から許可にならなかつたのであるから、国は法三五条によりその損失を補償すべきである。しかるところ、本件山林から採取すべき石材は、津市内、久居市内で一立方メートル当たり高いもので二七〇〇円、安いもので二二〇〇円で販売されており、一立方メートル当たりの掘削費を八〇〇円、砕石、選別、工場までの運送費を四〇〇円、砕石選別費を七〇〇円、一般経費を一九〇円と見込んでも経費の合計は二〇九〇円であるから、一立方メートル当たり平均して少くとも二〇〇円以上の利益を上げることが予想される。そして、本件申請が許可になつていたとすれば、表土を除き六九六万〇七六五立方メートルの石材が採取可能であるから、これに単価二〇〇円を乗じた一三億九二一五万三〇〇〇円の利益を取得することができた。したがつて、本件不許可決定により原告の受けた損失は一三億九二一五万三〇〇〇円であるということができる。

5  よつて、原告は被告に対し、金一三億九二一五万三〇〇〇円及びこれに対する弁済期以降である昭和五六年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本件山林が昭和四五年一二月二八日付官報により室生赤目青山国定公園の第三種特別地域に指定されたこと、右国定公園区域図が昭和四八年一二月一八日以降美杉村役場に備え付けられていること、本件山林に片麻岩及び花崗岩が存すること並びに本件山林の表土が薄いことは認めるが、その余の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、本件申請が不許可となつた理由は、本件山林が法により国定公園の第三種特別地域に指定されたことに起因するものであることは認めるが、その余の事実は不知。主張は争う。

三  被告の主張

1  補償を要しない理由(その一)―財産権の内在的制約

(一) 憲法二九条と法三五条一項

(1) 憲法二九条は、一項において財産権の不可侵を規定するとともに、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定して、財産権の不可侵の原則も絶対的、無制限のものではなく、公共の福祉に適合する限度において保障されるものであることを明らかにしている。すなわち公共の福祉上求められる財産権の内在的制約は、国民の受忍すべきものとされているのである。

(2) したがつて、憲法二九条三項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しているが、この規定により補償を要する場合については、憲法二九条一項、二項の趣旨を踏まえて解釈されるべきである。すなわち、財産権の内在的制約を超えて、財産を剥奪し又は剥奪するのと同視されるような制限を加える場合にのみ補償を要することを定めたものと解すべきである。

(3) ところで法三五条一項は、「国は、第十七条第三項、第十八条第三項若しくは第十八条の二第三項の許可を得ることができないため、第十九条の規定により許可に条件を附せられたため、又は第二十条第二項の規定による処分を受けたため損失を受けた者に対して、通常生ずべき損失を補償する。」と規定しているが、同項の場合においても、財産権の制約が、当該財産権の内在的制約の範囲内と認められる場合には補償を要しないものであり、内在的制約か否かは立法趣旨、制限の内容等から検討されるべきである。

(二) 法による制限の趣旨

(1) 法一条は、「この法律は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的とする。」と規定し、法二条の二は、「国、地方公共団体、事業者及び自然公園の利用者は、自然環境保全法(昭和四十七年法律第八十五号)第二条に規定する自然環境の保全の基本理念にのつとり、すぐれた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場において努めなければならない。」と規定している。そして自然環境保全法二条は、「自然環境の保全は、自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであることにかんがみ、広く国民がその恵沢を享受するとともに、将来の国民に自然環境を継承することができるよう適正に行なわなければならない。」と規定し、自然環境保全の基本理念を明らかにしている。

すなわち、法による公園区域の指定と、それに伴う私権の制限は、人間の健康で文化的な生活に欠くことができない自然環境保全のためのものであり、高度の公共の福祉を維持するためのものである。

(2) ところで、法によると、国定公園は、「国立公園に準ずるすぐれた自然の風景地であつて、環境庁長官が指定するものをいう。」とされ(二条三号)、そして右国定公園の区域は、特別地域(一七条)、特別保護地区(一八条)、海中公園地区(一八条の二)、普通地域(二〇条)とに分けられ、私権との調整を図るため、それぞれ制限に強弱の差異が設けられている。

これらの区域に設けられた制限はいずれも制限の目的、すなわち公共の福祉から見て、合理的な制限といわなければならない。

(3) 以上のような制限の目的及び法令上規定された各種制限の程度からすれば、法による土地所有者等の権利の制限は、一般的に憲法二九条二項に由来する権利に内在する制限として甘受すべきものと解すべきである。

(4) しかしながら、公園指定区域の土地及び工作物等の利用状況は、千差万別であり、従前の利用状況如何によつては、法の利用制限が財産権に内在する制限とは解せない場合、すなわち、財産権を剥奪するのに等しい場合があることも皆無ではない。例えば、建物の改築が許されないことにより、従前の営業が不可能となる場合、林業経営のため植林した竹木の伐採が許されないため、当該地における林業営業が不可能となる場合等においては、憲法二九条三項の理念に基づき補償を要するであろうと考えられる。

(5) したがって、かかる場合の補償義務及びその手段を定めたのが法三五条一項であると解すべきである。

(三) 本件山林における採石制限と財産権の内在的制約

(1) 本公園は、三重・奈良両県にまたがり、大和高原南部地区(貝ケ平山、額井山)、室生火山群地区(倶留尊山、室生山、赤目渓谷)、高見山地地区(三峰山、高見山、池木屋山)及び青山高原地区(笠取山、丸山草原、青山峠、布引峠)の四地区に大別される。

本公園は、景観的には、高見山地地区の壮大な山岳景観、室生火山群地区の柱状節理の地形景観、青山高原地区のなだらかな高原景観等各地区毎にそれぞれ特異な自然景観を呈しており、また、植生の面では、本公園地域が植物学上暖地性植物の北限地帯と寒地性植物の南限地帯との交錯した位置にあるため興味のある植物の分布が示され、室生山暖地性シダ群落、高見山のブナ林、シヤクナゲ群落、三峰山のゴヨウツツジの群落、青山高原のイヌツゲの群落をはじめとするすぐれた植生を見ることができる。

(2) 本公園地域のうち、本件山林の存する三峰山周辺地域は、標高一二三五メートルの三峰山を主峰とし、北西に室生火山群が、南西に台高山脈が連なり、三峰山山頂に立つと、これら本公園に属する鮮やかな緑に覆われた山々を幾重にも望見できるほか、南西方向には、台高山脈を越えて吉野熊野国立公園大台山系の山々を、東方には、伊勢湾を一望し得る程のすぐれた眺望を有している。また、三峰山山頂西南付近には一〇〇ヘクタールに及ぶ平坦なススキの高原地帯が広がり、山頂付近の一〇数ヘクタールに及ぶ湿原にはゴヨウツツジが群生し、その開花期には、山頂付近における雄大な眺望にあざやかな彩りを添えているのであつて、このゴヨウツツジの群落を保護するため、この付近は特別保護地区に指定されている。また、三峰山から高見山に至る稜線付近には、この地方としては珍しいブナの原生林が残され、手入れの行き届いた杉、檜の人工植林とともに、緑なす眺望を形成している。

(3) 本公園は、前項記載のような自然景観及び植生上の特徴を有するため、これを生かして、山岳景観の探勝並びに植物、動物の生態を観察する自然公園として整備が図られ、自然歩道が公園利用の軸線となつている。

本公園においては、霊山→笠取山→青山高原→布引峠→尼ケ岳→大洞山→倶留尊高原→室生ダム→鳥見山へと続く稜線上に東海自然歩道が整備されており、また、大洞山山頂から約六〇〇メートル南の地点でこの東海自然歩道と分岐し、三重、奈良両県の県境稜線上を高見山地縦走線歩道が整備されることとなつている。

東海自然歩道は、自然との触れ合いを図ることを整備の主目的とし、明治の森高尾国定公園(東京都)と明治の森箕面国定公園(大阪府)を結ぶ総延長距離一三四三キロメートルに及ぶ自然歩道であつて、今後一層の利用の増大が見込まれており、本公園の区域内においても、高見山地縦走線歩道の整備と相まつて本件山林の存する高見山地地区を訪れる人はますます増加することが予想される。

(4) ところで、本件山林は、三峰山山頂から北北東の方向約一三〇〇メートルと極めて近い位置にあり、かつ、一二万九六一〇平方メートルもの広大な面積に及ぶため、仮に本件山林において土石が採取され、赤茶けた山肌が露出されるとすると、以下に述べるとおり自然景観上、甚しい支障が生ずることは明らかである。

〈1〉 本件山林は、三峰山山頂から北北東への視野のかなりの部分を占めるため、本公園に属する山々や周辺の山々によつて形成される緑の景観美あるいは紅葉期の多彩な色に覆われた景観美に広範囲にわたつて人為の爪痕がさらされる。

〈2〉 本件山林は、三峰山山頂への登山歩道(山頂へは、奥宇陀青少年旅行村((村営路線バス終点))を基点とし、林道新道線を経て、標高約七五〇メートルの地点で林道と分岐し、稜線沿いに約二七〇〇メートル登山歩道を進めば到達し、また、山頂からは、同歩道を標高約一一〇〇メートルの地点((造木小屋があるところ。))まで下り、東側の登山歩道に入り、不動滝、マス養殖場を通り、林道神末支線を経て、基点の奥宇陀青少年旅行村に到達する。)の一〇七〇メートル以上の部分(延長約一〇〇〇メートル)から、直接に又は木洩れ越しに望見されるため、年間五〇〇〇人を超す同歩道利用者に人為の爪痕をさらすこととなり、かなりの距離の間同歩道からの眺望を害する。

〈3〉 本件山林は、一つの谷をはさんで高見山地縦走線歩道の直下に位置するため、同歩道の大洞山方向から三峰山山頂に至る数キロメートルの間眺望を害する。

〈4〉 採石中においては、ブルドーザー、シヨベルカー、ダンプカー等の採石・運搬機械によつて、騒音、振動、ほこり等がもたらされることとなり、これらが自然公園に不可欠な静ひつさを阻害する。

(5) 三峰山山頂及び高見山地縦走線歩道から眺望される自然景観の美しさ及び公園内の静ひつさは、何ものにも代え難いものであり、これを守ることは、人間として当然の義務である。このようにすぐれた自然景観の枢要部分を構成する山林が個人の所有に属するからといつて、七〇〇万平方メートル余もの多量の土石を採取し、その山容を変形させ、自然景観を阻害することが財産権の行使として社会的に許容されているとは到底考えられず、この意味において、原告が受けている土石採取の制限は、財産権に内在する社会的制約として当然受忍すべき筋合いのものである。

なお原告は、採石後復元するから景観への影響は一時的なものである旨を主張するが、以下に述べる〈1〉ないし〈4〉の諸点を考えると、原告の地盤造成、植林による復元計画は、原告主張のとおりたやすく実現できるものとは考えられない。すなわち〈1〉原告の主張するひな段式地盤を造成し、これに盛土をする具体的方法が必ずしも明らかでない。〈2〉本件山林において被覆している樹木を伐採し、大量の岩石を採取して岩盤を露出させ、原告主張のように四五度の急斜面を造るときは、広範囲な崩落を引き起こすおそれが極めて大きい。〈3〉植林した苗木が根付くまでの間に犬走りの上の盛土が雨水などによつて流出することが予想されるし、たとえ流出しなくても厚さ六〇センチメートルの盛土で杉、檜の成林が可能かはなはだ疑問であり、原告が計画しているような方法、規模の植林が成功した例は、いまだみることができない。〈4〉仮に、原告の前記計画がそのとおりに実現可能であるとしても、本件山林から本件許可申請に係る土石を採取し終えた後その跡地に植林を始めるとすれば、本件山林に現況に近い緑が回復するには極めて長い年月を要し、しかも、右植林がなされたとしても採石によつて大いに変形した山容、風景が、周囲の自然な山容、風景と調和する状態にまでなるとは到底考えることができない。

(6) 更に、本件申請のとおりの採石が行われた場合には、災害発生の危険性が極めて大である。

本件山林の現況は、落葉広葉樹を主とする深根性、浅根性の各種樹木の根茎が絡み合つて覆つており、本来崩壊しやすい地質であるにもかかわらず、三〇度程度の安定した斜面を維持している。しかし、本件山林は、花崗岩類を主とする深成岩類とそれに密接に伴う片麻岩類から成り、三峰山から高見山に連なる山地の南ろくを東西に走る前記中央構造帯に接しており、花崗岩の風化も進んでいるため、一度採石すれば崩壊しやすい。このような土地において、被覆している樹木を伐採し、大量の岩石を採取して岩盤を露出させ、原告主張のように四五度の急斜面を造るときは、広範囲な崩落を引き起こすおそれが極めて大きい。

また、樹木の伐採により森林の持つ保水機能が全く失われ、特に、本件山林が多雨地域にあり、しかも雲出川の源流であることを考えると、下流域一帯に水害を招くことが予想される。これは、現に昭和三四年及び同四六年発生の台風(伊勢湾台風及び台風二三号)により、本件山林の周辺において多大の山腹崩壊が発生するとともに、下流域において水害が発生していることからも明らかである。

以上のとおりであつて、このような災害をもたらす危険が大きいにもかかわらず本件申請に係る財産権を行使することは、公共の福祉に著しく反するものといわざるを得ず、この意味においても、本件土石採取の制限は、財産権の内在的制約であり、国民の受忍すべきものといわざるを得ない。

(7) また、法三五条一項の補償規定の趣旨は、憲法二九条の財産権の保障規定の下で解釈されるべきであり、法三五条一項は、財産権の内在的制約を超えて、財産権の剥奪に類する公共のための利用、例えば、土地の収用あるいは権利の剥奪や実質的にこれと同視しうる場合に補償をする旨の規定と解すべきことは、既に述べたところであるが、原告の本件山林利用は、従前においては、薪炭林として利用していたに過ぎず、薪炭の需要がなくなつた後は、いわゆる自然林のまま放置していたものであり、国定公園の指定を受けた後も同様の状態である。すなわち、本件山林の採石は、通常の利用方法ではなく、採石制限は、従来の土地利用を変更するものでもない。したがつて、本件不許可決定により、財産権が剥奪されたとか、あるいは実質的にこれと同視し得る不利益を蒙つているとは、到底いえないものである。

なお、原告は、本公園の指定は昭和四五年一二月二八日付けの官報で告示されているにもかかわらず、区域図が申請人の住所地である村役場に備え付けられたのは昭和四八年一二月一八日を過ぎてからであり、その日をもつて指定の効力が生ずる旨主張するが、法の定める手続きによれば、国定公園の指定の効力は、その旨及びその区域を官報で公示することにより生ずるものであり(法一〇条)、また、保護及び重要な利用計画は環境庁長官が決定して公示するものであつて(法一二条)、本件に関し、仮に関係図書の村役場への備え付けが遅れたとしても、指定の効力に影響がないことは明らかである。

(8) 以上のとおりであつて、本件不許可決定に関する損失補償は、全く必要のないものである。

2  補償を要しない理由(その二)―通常損失の不発生

(一) 法三五条一項などに定める通常損失の範囲については、〈1〉相当因果関係説(行政庁により土地の利用方法が制限されたため、土地所有者が蒙ることになつた損失のうち、利用制限行為と相当因果関係にあると認められるものの全部を損失とみる考え方)、〈2〉地価低落説(土地の利用制限に対する代償は、専ら土地の利用制限によりもたらされる土地の利用価値の低下を償うに足りるものであればよく、右利用価値の低下は、終局的には利用制限によつて生じた地価の低下に反映するので、その地価低下額を損失とみる考え方)、〈3〉積極的実損補償説(特定の土地の利用行為が制限ないし禁止されたため、土地利用者が現実に予期しない出捐を余儀なくされた場合に、その積極的かつ現実的な出費のみを補償すれば足りるとする考え方であり、この説によれば、将来の期待利益の喪失はもちろん、地価の低下の補償も必要としないこととなる)などがある。

(二) 以上の三説のうち、〈1〉の相当因果関係説は、補償の額を財産権の客観的侵害に応じて決定するものではなく、申請の却下等によつて土地所有者が蒙る損害を中心に決定するものであるから、被補償者の主観的な計画や思惑によつて補償額が大きく左右され、ときには補償額が法外な額となることも当然予想される。このような主観的基準は、不法行為に基づく損害賠償の基準としてならともかく、適法行為に基づく損失補償の基準として妥当でないことは明らかである。

(三) 「通常生ずべき損失」という法の規定は、法のほか、土地収用法その他の行政法令にも用いられている。土地収用法にいう通常損失とは、一般に収用される土地の価格等のほか、収用等に伴つて被収用者の側において出費を余儀なくされる附随的な支出、たとえば物件移転費、営業の中止、中断に伴う損失をその範囲に含めて解釈されており、いわゆる実損補償説がとられている。しかし、一方、都市計画法や建築基準法などに基づく土地利用制限の場合には、その制限措置の財産権に対する影響は極めて大であるのに対し何らの補償規定も設けられていない。

かかる立法の差異は、一つには、財産権に対する侵害が、土地収用法においては、土地等の収用、使用という財産権の収奪であるのに対し、都市計画法等においては、利用の制限であつて、侵害の態様が全く異なり、また、前者は公共事業の施行による特定の者についてのみの侵害であるのに対し、後者は一般的制限であることによるものである。

これに対し、法の土地利用制限は、都市計画法、建築基準法の土地利用制限に近いものであつて、土地収用法にいう通常損失とは性格が異なる。このような実定法全体を合理的に解釈すれば、法三五条の補償は、いわゆる講学上の損失補償ではなく、ただ不許可処分等によつて予期せざる経費等が必要となり、あるいは従前の方法による土地利用ができなくなり、土地の収奪に等しい損失が発生した場合等にこれを補償する特殊な補償制度ということができる。したがつて、法三五条の通常損失の範囲は実損補償説によつて決定するのが妥当である。

(四) 本件不許可決定と通常損失の有無

(1) 原告が本件において補償を請求している損失は、採石等ができないことによる逸失利益、すなわち、主観的な損失であり、その額は原告の主張によれば一四億円にも上り、本件山林の地価一八一四万五四〇〇円(昭和五〇年及び五八年のそれぞれの近傍類似の土地の地価調査価格)をはるかに上回る額である。かかる損失は、法三五条にいう通常損失には含まれないものといわなければならない。

(2) 仮に、通常損失につき、前記〈2〉の地価低落説を採るとしても、原告は、本件に係る利用制限によつて生じた地価の低落をなんら具体的に示していないのみならず、本件山林が国定公園の区域に指定された昭和四五年一二月前後において地価の低落があつたという事実はないのである。

(3) したがつて、いずれにしても、本件不許可決定によつて発生する通常損失は全く認められないというべきである。

3  補償を要しない理由(その三)―申請権の濫用

(一) 申請権の濫用と補償の要否

(1) 憲法一二条は、「国民はこの憲法が国民に保障する権利を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためこれを利用する責任を負ふ。」旨規定している。

すなわち、国民は、既に述べたとおり、憲法二九条二項に由来する公共の福祉のための財産権に内在する制限を甘受すべきことは勿論のこと、公共の福祉実現のため財産権を利用する責任を有し、公共の福祉に反する財産権の濫用は認められないものである。

したがつて、当該財産権が、公共の福祉実現のための一定の行政目的に基づき、制約を受けた場合、右行政目的を根本より覆すがごとき財産権の利用は、憲法一二条にいう権利の濫用に該当し、もともと許されないものである。そして、右権利濫用に該当するような財産権の利用を内容とする許可申請は申請権の濫用であり、かかる場合にまで、申請者に対し補償を行ういわれはないものというべきである。

(2) 法の特別地域は、国立公園、国定公園の風致、景観を保全し維持するために特に必要と認めて指定した地区地域であるから、右地区地域内の土地所有者は、このような行政目的を達成するために協力する義務を負つているものである。したがつて許可を受けること自体が法の趣旨、目的からみて社会通念上到底期待し得ない場合であるにもかかわらず、あえて許可申請をするような行為は、申請権の濫用というべきものであり、これが却下されたからといつて、法三五条一項に規定する損失補償をする必要はないと解すべきである。このような点については、都市緑地保全法(七条一項二号)、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(九条一項二号)には明文の規定があるが、明文規定のない法においても同様に解すべきである。

(二) 本件申請と申請権の濫用

(1) 本件申請に係る土石採取が本公園の三峰山周辺地域の景観の著しい阻害をもたらすことは、既に述べたところであるが、特に、本地域が特別地域として指定された趣旨がその景観美の保護にあることを考えれば、本件申請は、その内容からみて法による特別地域指定の趣旨を根本より覆す暴挙といわざるを得ない。

(2) また、本件申請の経緯をみると、当初、昭和四九年一月八日付けで、本件山林の一部につき、原告の意を受けた有限会社八幡砂利(以下「八幡砂利」という。)から採石面積を一万三七六二平方メートル、採石量を一〇万三五〇〇立方メートルとする法一七条に基づく採石許可の申請がなされ、これに対し同年七月一日三重県知事による不許可処分がなされた。その後、原告は、翌年七月三〇日本件山林について本件申請を行つたが、その内容をみると、採石面積一二万九六一〇平方メートル、採取量七〇三万三一三五立方メートルと当初の申請に比べて、実に約七〇倍の規模のものになつていることが認められる。

以上の経緯に加えて、土石について当時の状況からみて従来の三重県全体の単年度当たりの生産量に近い新たな需要があつたとは考えられず、採石を強行すれば大幅な値崩れによつて利益のあがらないことが予想されること及び原告の主張するとおり、本件山林から二年間で七〇〇万立方メートルを上まわる土石を搬出するとすると、一〇トントラツクで一日八時間、年間三〇〇日稼働したとしても、搬出路が一本しかない現状では、一時間当たり約二三四台(往復で四六八台)の割合で搬出しなければならないこととなるが、これは事実上不可能なことを考え合わせると、原告の本件申請は、現実に土石の採取を行うためになされたものとは考えられず、単に損失補償のみを目的としたものであると疑わざるを得ない。

(3) 以上のとおり、本件申請は、許可を受けること自体が法の趣旨、目的からみて社会通念上到底期待し得ない場合であるにもかかわらずなされたものであり、加えて既に述べたとおり災害発生の原因ともなる行為であつて、土地所有者としての権利の濫用行為であり、現実に土石を採取する意思がないと思われることをも考慮すると、本件申請が申請権の濫用に当たることは明らかである。

したがつて、本件不許可決定について損失補償をする必要はないというべきである。

4  補償を要しない理由(その四)―他法令による制限

(一) 他法令による制限と補償の要否

法上許可を要するとされた行為が、他の法律によつて許可の対象とされている場合に、当該他の法律による許可申請が却下され、あるいは申請しても却下される見込みである場合においても、法上の補償の必要はないというべきである。けだし、かかる場合、法上許可を申請した行為は、仮にその許可を受けたとしても他の法律による許可を受けなければ行うことができないものであるから、これに対する補償を専ら法に基づいて行ういわれはないからである。右趣旨は、都市緑地保全法(七条一項一号)には明文の規定があるが、法においても同様に解すべきものである。

(二) 本件申請と他法令による制限

原告は、本件山林で土石の採取をしようとするものであるが、採石法三三条は、「採石業者は、岩石の採取を行なおうとするときは、当該岩石の採取を行なう場所(以下「岩石採取場」という。)ごとに採取計画を定め、当該岩石採取場の所在地を管轄する都道府県知事の認可を受けなければならない。」と規定し、同法三三条の四、三三条の六は、それぞれ「都道府県知事は、第三十三条の認可の申請があつた場合において、当該申請に係る採取計画に基づいて行なう岩石の採取が他人に危害を及ぼし、………(中略)………農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反すると認めるときは、同条の認可をしてはならない。」、「都道府県知事は、第三十三条の認可に係る処分をする場合は、関係市町村長の意見を聞かなければならない。」旨規定している。

ところで、本件採石については、採石跡地の崩壊、保水力喪失に伴う水害の発生及び雲出川の汚濁に伴う下流のアマゴ養殖への影響が予想されており、また、これらを理由とする、本件山林の所在する美杉村村長、同村議会を含む地元関係者の反対運動が進められていたことからしても、採石法に基づく認可が三重県知事により行われるものとは到底考えられない。

したがつて、この点からも本件不許可決定に係る補償をする必要はないものである。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1のうち、土地所有権も他の財産権も等しく絶対無制約なものではなく、その不可侵性にも制約があることは認めるが、その余は争う。

2  同2ないし4はいずれも争う。

五  原告の反論

1  本件不許可決定は、財産権の内在的制約を超えるものであることについて

そもそも法に基づく国定公園の区域指定による土地所有権の制限は土地所有権そのものに内在する制限でなくして、法の目的からその区域と指定されたことによつて、その土地所有者に対して特別に課せられた制限というべきである。したがって、法に基づく土地所有権の制限こそ正に憲法二九条三項にいう「私有財産は正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」に該当するもので、法三五条はこれを受けて規定されたものであるから、被告は、本件不許可決定による補償をなす義務がある。すなわち、憲法二九条一項は、「財産権は之を侵してはならない。」と規定して、日本は資本主義国家であることを宣言している。これが資本主義社会の本質である。したがつて、国家権力に対し、私有財産(生産手段)を国家権力で侵してはならないと規定し、資本主義国家の本質を不動のものとして守つている。ところで、財産権の本質であり絶対性である使用、収益、処分の作用は往々にして、国家社会全般の要請と相かい離する場合がある。本質的でなしに例外的に憲法二九条二項がその調整を図つている。しかし、この規定は、資本主義体制の本質である私有財産制を揺るがすものであつてはならない。右二項は私有財産権の絶対性の例外であり、この例外が本質を揺るがしてはならないという本質からして、憲法二九条三項をもつて、この例外の場合は、補償をしなくてはならないと規定してある。この憲法二九条三項をもつて、資本主義国家の不動性と、私有財産の公共性の矛盾を調和させているのである。

以上の意味において、公共の福祉のため法をもつて、国民の私有財産を制限することは正当であり、本件の財産権(生産手段たる土地)の国家による制限は正当なものと認め、原告は、この国家の裁定に服する。しかしこの制約と、制約をなした場合の補償とは、別個のものである。前述したように、憲法二九条三項は、財産権に対して公益のため制約を課する代償として、その補償をなすことを義務づけている。これによつて、資本主義国家の本質の揺るぎないことを宣言すると同時に、これを補償することによつて、公益性との調和を図り、財産権の本質的な絶対性との矛盾を克服して、財産権の絶対性を引いては資本主義国家の本質を不動のものとしている。被告の主張は、この財産権の制限と、これに対する補償とを混同しており是認することは出来ない。

また、次の諸事情に照らすと、本件申請は法により本件山林が特別地域に指定された趣旨に反するものではなく、したがつて、本件不許可決定は、財産権の内在的制約を超えるものというべきである。すなわち、本件山林における採石は、高見山地縦走線歩道からの眺望を害するというだけであつて、本件山林には被告主張の三峰山山頂部の特別保護区域に生育する珍しいとされる樹木も全く存在しないし、特別保護区域に生存しているとされる鳥獣なども全く生息していない。また、原告は、採石後は現在よりもより完全に土石の流失を防ぐため、採石後の本件山林に犬走を形成しその上に六〇センチメートルの盛土をしたうえ檜又は杉を植林して復元する計画であつて、土石を取つたままに放置するのではないから、採取が完了し植林がされれば年月の経過と共に緑を回復し、右歩道からの眺望も現在とは変つた美観を呈することとなる。被告は、三峰山山頂付近からの眺望を云々するけれども、三峰山山頂付近で一般人の立入るところからは本件山林をみることができないことは明らかである。山頂付近の樹木を伐採して三峰山頂を丸坊主にしてしまえばどうかと思われるが、現状では同山頂付近で一般の人が立入る場所からは本件山林を望見することができないのである。山頂付近という言葉ははなはだあいまいで、山頂付近で本件山林を望見しようとすれば、山頂の基点から徒歩で三五〇メートル下つた山腹のところでなければみることができないのである。しかもその地点は、山頂から原告所有の山林に立ち入つた場所でそのような場所に普通の人は立ち入る必要もないし、一般の人が何の理由もないのに立ち入るところではない。普通に三峰山を散策する人々には本件山林を眺望できないのである。次に、三峰山登山道のある場所から東北に位置する本件山林は望見できないでもないが、それは樹木と樹木の間からで本件山林をみせないようにしようと思えばその道の傍に樹木を増植すれば直ちに隠れてしまうはずである。更に被告は、原告の前記復元計画に関し、六〇センチメートルの盛土で檜や杉は成育しないと心配しているが、原告は採石は初めてであるが植林は父の代からの営業でその長年の経験からして、盛土六〇センチメートルで本件山林では充分樹木が成育することに自信をもつていて何らの心配はない。そして、植林した山林の景観が天然のそれと大差ない美観を呈する事実は、被告の主張の中で「この地方としては珍らしいブナの原生林が残され、手入れの行き届いた杉檜の人工植林とともに緑なす眺望を形成している」として、人工植林が美事な景観を形成している事実を認めていることからも明らかであるし、また、有名な京都の北山杉の人工樹林の美事さからも人工樹林だからといつて直ちに天然に劣るとはかぎらないのである。

2  損失の発生について

被告は、原告が本件山林を従前薪炭林として利用していたものであつて、その需要がなくなつた後はいわゆる自然林のまま放置していたものであり、法による国定公園の指定を受けた後も同様であるから、本件不許可決定により現実的、具体的な損失を蒙るものではないと主張する。

しかしながら、第一に原告は本件山林を薪炭林として利用した事実はない。第二に国定公園の指定は官報に告示が掲載されたのみでは完成せず、関係市町村役場に地域図の備付けがなされ縦覧に供されて初めて完成すると解すべきところ、原告が本件山林の採石を実行しようとしたのは八幡砂利と岩石土砂採取契約を締結した昭和四八年六月一日であり、同社が採石許可の申請書を三重県知事に提出したのが同年八月二八日であるのに対し、本件国定公園の地形図が美杉村役場に備え付けられたのが同年一二月一八日である。したがつて、右指定の当時原告には本件山林を採石場として利用するという具体的計画が存したのであるから、本件不許可決定により原告は具体的、現実的損失を蒙つたものというべきである。

3  本件申請が申請権の濫用でないことについて

被告は、八幡砂利が昭和四九年一月八日付で採石面積を一万三七六二平方メートル、採石量を一〇万三五〇〇立方メートルの採石許可の申請をしたのに比し、原告が昭和五〇年七月三〇日採石面積一二万九六一〇平方メートル、採取量七〇三万三一三五立方メートルとして約七〇倍の規模の本件申請をしたのは、現実に土石の採取を行うためになされたものとは考えられず、単に損失補償のみを目的としたもので申請権の濫用であると主張する。しかし八幡砂利の昭和四九年一月八日付採石許可申請が原告の意を受けたものであるとの被告の主張は何の根拠も証拠もない。原告は右会社から採石させて欲しいといわれ、昭和四八年六月一日同会社と岩石土砂等採取契約書を取り交し、採取現場渡しで一立方メートルにつき二〇〇円の価格で売買する契約をした事実はあるが、それから先は右会社が独自の計画に基づき許可申請をしたものであつて、原告は何ら意思など右会社に伝えていない。右会社は、その後昭和五五年一月二九日にも本件山林付近の原告所有の山林から採石許可の申請をしているが、この時も原告は採取した土石を右会社に対し販売する約束をしたが、それ以上に右会社と関係はない。また被告は原告の本件申請の面積採取量が右会社のそれと比較して七〇倍だから原告の申請は権利濫用であるという。しかし八幡砂利はかなり以前から採石、砂利業を営む会社であるから既に採取するに必要なる機械器具、採石した土岩を選別場にまで運搬する自動車等の運搬具、採取した土岩の選別場所、選別に必要なる砕石機械、選別した各種土岩砂利の貯蔵場所、それに加えて貯蔵場所から得意先までの運搬具等も一応備つているしこれらを使用すればそれにかける費用は必要としない。そのうえ、右会社は常時継続的に顧客の需要に応じるため、原告の本件山林の採石場所以外にも常に何か所かの採石場所を確保していなければならないから、本件山林では一応一〇万三五〇〇立方メートルでも足りるわけである。これに対し、原告が採石業を営むことになれば現場における採石機器はもちろんのこと選別場の敷地の確保、選別機械の設置、選別された土石砂利の貯蔵場所などを取得する必要があるし、しかも原告としては本件山林以外に他の場所に採石場所を取得しようという考えは今のところないので、すべての採石を本件山林にたよらざるを得ないから、当然のことながらその規模は大とならざるを得ない。少規模の採石量では現場における公害防止設備(土砂流出防止、河川の汚濁防止のための沈澱池等の設置)のほか種々の設備、機械等の備付けも充分にできないことになるわけである。被告は搬出方法について、単に道路を使用したトラツクによる搬出のみを考えているようであるが、一定規模以上の採石量があれば道路使用のほかコンベヤー等近代的設備による搬出方法を使用することを原告は考えているわけで、単にトラツクのみにたよる必要はない。また、市場も単に名古屋地区に対する販売のほか大阪地区に対する販売も地理的にみて困難でないから、そうなれば土石、砂利の需要は無限大に増大する。ことに近年は山砂利、川砂利の供給が極度に少い関係上、海砂利が使用され、そのためコンクリート構造物が塩害によつて急速に老朽化し崩壊して、各所で被害が発生していることはテレビ、新聞等により日々ニユースで知らされているところである。してみると、原告の山砂利はますますもつて需要が増大することはいうまでもないところである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実、同2の事実中本件山林が昭和四五年一二月二八日付官報により本公園の第三種特別地域に指定されたこと、本公園区域図が昭和四八年一二月一八日以降は美杉村役場に備え付けられていること、本件山林には片麻岩及び花崗岩が存し、本件山林の表土が薄いこと、同3の事実、同4の事実中本件申請が不許可となつた理由は、本件山林が法により国定公園の第三種特別地域に指定されたことに起因するものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が法三五条一項の規定に基づいて本件不許可決定による損失の補償を求めることができるかどうかについて検討する。

1  憲法二九条三項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定して、公共の利益のために私有財産を収用し又は使用する場合には正当な補償を要することを定めているが、他方、同条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、また、憲法一二条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は……国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と規定している。これらの規定の趣旨にかんがみると、公共の福祉のために財産権の行使に対して法律上の規制が加えられ、これによつてその財産権についてある種の制限が生じたとしても、その制限が、当該財産権の本来の性質ないし目的に応じてその財産権が公共の福祉に適合するようにその内容を定めることによつて生じたものである場合には、右制限は、当該財産権に内在する社会的制約の具体化にほかならないから、これによつて生じた損失についてはこれを補償することを要しないものというべきである。

ところで、法は、「この法律は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的とする。」と規定し(一条)、また国、地方公共団体、事業者及び自然公園の利用者に対し、「自然環境保全法第二条に規定する自然環境の保全の基本理念にのつとり、すぐれた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場において努めなければならない。」とその責務を規定している(二条の二)。そして、自然環境保全法二条は、右の基本理念として、「自然環境の保全は、自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであることにかんがみ、広く国民がその恵沢を享受するとともに、将来の国民に自然環境を継承することができるよう適正に行われなければならない」と規定している。法及び自然環境保全法がこのように規定する趣旨は、ひつきよう、景観に富んだ美しい自然は国民全体のかけがえのない財産であり、このような自然をそのまま後世に残すことが国をはじめ地方公共団体等の責務であることを宣明するにあるものと解されるから、自然公園におけるすぐれた風致及び景観を保護しこれを美しいままに維持することは、特に国土の開発と自然の保護との調和が要請されている今日において、右の法の趣旨に合致し極めて高い公共性を有するものというべきであつて、これをもつて財産権の内容を定めるにつき顧慮されるべき公共の福祉というに妨げないものと解するのが相当である。他方、自然公園内にあつてすぐれた風致及び景観を有する土地の所有者に対して、その土地所有権の行使につき右のような公共の福祉を実現するために必要でかつ合理的な範囲内の制限を加えることは、その土地が自然公園内にあり、すぐれた風致及び景観をもつものとして存在し、利用されてきたという当該財産権本来の性質に応じてその財産権の内容を定めるものというべきである。そうすると、右のように自然公園内におけるすぐれた風致及び景観を保護するために必要でかつ合理的な範囲内において制限を加えることは、当該土地所有権自体に内在する社会的制約の具体化であるということができるから、このような制限によつて生ずる損失は、これを補償することを要しないものといわなければならない。

もつとも、法三五条一項は、一七条三項、一八条三項若しくは一八条の二第三項の許可を得ることができないため、一九条の規定により許可に条件が附されたため、又は二〇条二項の規定による処分を受けたため損失を受けた者に対して、「通常生ずべき損失」を補償する旨を規定しているが、ここにいう「通常生ずべき損失」とは、前記の趣旨から、自然公園内にある土地の所有権に内在する社会的制約を超えて特別の犠牲として当該財産権に加えられた制限によつて生ずる損失、例えば、自然公園として指定される以前の当該土地の用途と連続性を有しあるいはその従前の用途からみて予測することが可能であるような当該土地の利用行為を制限されたことによつて生ずる損失、当該利用行為に基づく現状の変更が、その土地が自然公園として指定されている趣旨と調和させることが技術的に可能な程度にとどまるものであるにもかかわらず、その利用行為を制限されたことによつて生ずる損失、その他離作料、物件移転費等予期しない出費を現実に余儀なくされた場合におけるその積極的かつ現実的な出費による損失等を指すものと解するのが相当である。

この点について、原告は、法三五条一項にいう「通常生ずべき損失」は法一七条三項等の許可を受けることができないために生ずるすべての損失をいい、本件の場合、原告が企図した採石業による得べかりし利益一三億円余の喪失による損失もこれに当たると主張する。しかしながら、損失補償の制度は、不法行為によつて生じた損害を補填するいわゆる損害賠償の制度と異なり、適法な公権力の行使によつて生じた私有財産権への侵害を客観的に評価してこれを補填することを目的とするものであるから、損失補償においては、適法な公権力の行使による侵害の結果生じることあるべき経済的損害のすべてを補償することを建前とするものではないというべきであり、殊に、前記のとおり、当該財産権に内在する社会的制約の具体化である財産権の制限による損失は、損失補償制度の埓外にあるものというべきであるから、原告の主張は理由がない。のみならず、原告の主張によれば、補償の額は申請の却下等によつて土地所有者が蒙る損害を中心として決定されるべきものというのであるから、土地所有者の主観的な意図ないし計画によりその補償額が大きく左右され、場合によつては、土地利用制限に対する補償額が当該土地の時価をはるかに上廻る不合理な結果を生ずることになつて妥当でない。したがつて、原告の主張は、これを採用することができないものというべきである。

2  以上のような観点に立つて、本件事案について検討する。

前記当事者間に争いのない事実に証人山本潔美、同稲垣修、同男鹿英郎、同吉田幸男の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)、成立に争いのない甲第五号証、乙第一ないし四号証、第九号証、第一四号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の二並びに検証の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本公園は、三重、奈良の両県にまたがる国定公園であり、奈良県の大和高原南部地区、三重県の室生火山群地区、高見山地地区及び青山高原地区に大別されるが、景観的には、高見山地地区の壮大な山岳景観並びに溪谷景観等各地区毎にそれぞれ特異な自然景観を呈しており、また、植生の面では、本公園が植物学上暖地性植物の北限地帯と寒地性植物の南限地帯との交錯した位置にあるうえ、多雨地帯であるため、三峰山のゴヨウツツジの群落を始め、貴重な植物分布が示され、ブナ等二〇〇種ほどの豊富な植生を見ることができる。また、動物分布の面でも猪、鹿、狐、狸等の哺乳類、コノハズク等鳥類の貴重種の分布がみられる。

本公園の高見山地地区のうち、本件山林の存する三峰山周辺地域は、標高一二三五・四メートルの三峰山を主峰とし、北西に倶留尊山、大洞山等の室生火山群が、南西に国見山を始め台高山脈が連なり、三峰山山頂に立つと、これら本公園に属する緑に覆われた山々を幾重にも望見できるほか、眼下には名張川の上流神末川とその流域及び雲出川の源流部のV字谷を望むことができ、また、南西方向には台高山脈を越えて吉野熊野国立公園大台山系の山々を、東方には伊勢湾を、更に晴天時には遠く富士山を一望しうる程のすぐれた眺望を有している。また、三峰山山頂西南付近の一〇〇〇平方メートルに及ぶなだらかな傾斜面にはススキの高原地帯が広がり、山頂付近の湿原にはゴヨウツツジが群生し、その他バイケイソウ、ツルリンドウ、リンドウ等の貴重種も多い。このゴヨウツツジの群落は、生態学的に非常に価値が高いので、これを保護するため、この付近は特別保護地区に指定されている。また、三峰山から高見山に至る稜線付近には、この地方としては珍しいブナの原生林が残され、その他リヨウブ、ミズナラ等の落葉広葉樹が群生し、標高一〇〇〇〇メートル以下の人口植林による杉、檜とともに緑の美観を形成している。

本公園は、大要右のような自然景観及び植生上の特徴を有するため、これを生かして山岳景観の探勝及び植物、動物の生態を観察する自然公園として整備が図られ、自然歩道が公園利用の中軸となつている。本公園においては現在のところ、霊山→笠取山→青山高原→布引峠→尼ケ岳→大洞山→倶留尊高原→室生ダムへと続く稜線上に東海自然歩道が整備されており、また、大洞山山頂付近から約六〇〇メートル南の地点で右歩道と分岐し、三重、奈良両県の県境稜線上を三峰山を経て高見山地へ通じる高見山地縦走線歩道が整備される計画になつている。なお、現在利用されている三峰山山頂への登山歩道としては、村営奥宇陀青少年旅行村を基点とし、林道新道線を経て、標高約七五〇メートルの地点で林道と分岐し、稜線沿いに約二七〇〇メートル進むコース等四本のコースがある。

(二)  本件山林は、雲出川上流の三重県一志郡美杉村川上大字大河内二六八九の一に所在し、本公園の第三種特別地域内にあるが、地理的には三峰山山頂の東約一キロメートルの地点から北方に延びる尾根の西斜面上にあたり、右山頂から北北東約一三〇〇メートルの地点に位置する。その形状は右尾根部分の約一〇一〇メートルの高地を頂点とし雲出川の岸沿い(標高約七五〇メートル)の延長約五〇〇メートルを底辺とするほぼ三角形(面積一二万九六一〇平方メートル)で、西もしくは北西に三〇度前後傾斜した地形である。本件山林の植生は、カエデ、シデ、ハンノキ、コナラ、ミズナラ等の落葉広葉樹を主としその他アセビ、シキミ、檜、アカマツ等が若干混生している約三〇年生の天然の原生林である。本件山林の表土は平均三五ないし三六センチメートルと比較的薄く、その内部には砕石用原石として利用価値の高い花崗岩、片麻岩が相当量埋蔵されている模様であるが、これまで採掘されたことはない。原告は露天掘の工法により二年間で右原石七〇三万三一三五立方メートルを採取する計画であるが、そのためには雲出川沿いの林道の拡張、補修工事を必要とし、右原石の運搬を二年間(稼働日数を七〇〇日と仮定)で完了するためには一〇トン積みダンプカーに原石五立方メートルを積載したとして一日延べ二〇〇〇台必要となる。ちなみに、右計画による年間採取量は約三五〇万立方メートルとなるが、これは三重県全体の年間砕石販売量五〇〇万立方メートルの約七〇パーセントに相当する。また、原告は、右採取後の土地を階段状切羽にし、厚さ六〇センチメートルの置土をしたうえで植林する方法で本件山林を復元する計画である。しかし、植林した苗木が根付くまでには約一年間の経過が必要であり、その間の置土は極めて不安定であつて、これが多量の雨水によつて流出する危険性が大きく、原告の右計画が成功するはなはだ疑問である。

(三)  本件申請に係る採石が行われると、本件山林及びその周辺地域の広範囲にわたつて、現存植生、景観等に次のような重大な影響がある。

(1) 約一三万平方メートルにも及ぶ広大な本件山林上に分布する天然の原生林の植生が破壊される。

(2) 本件山林は、三峰山山頂から東へ約三〇メートル下つた地点からよく望見できるため、仮に本件山林において土石が採取され、赤茶けた山肌が露出されると、本公園に属する山々や周辺の山々によつて形成される緑の景観美あるいは紅葉期の景観美が前記のとおり広範囲にわたつて阻害される。また、本件山林は三峰山山頂への前記登山歩道の約一〇七〇メートル以上の部分において約一キロメートルの間直接又は木洩れ越しに望見できるため、四季を通じ年間約五〇〇〇人の同歩道利用者の目にさらされることとなり、同歩道からの景観を著しく害する。

(3) 本件山林は、一つの谷をはさんで高見山地縦走線歩道計画路の東側直下に位置するため、右歩道が完成した場合、大洞山方向から三峰山山頂に至る数キロメートルの間眺望を害する。また、三重県においては、三峰山山頂部に広場、展望地等を造成する園地事業計画があるが、右事業が実行されると山頂北側の近景として本件山林が姿をさらすことになり、山頂からの眺望を極めて阻害することとなる。

(4) 採石期間中(原告はこれを二年間で行う計画であるが、前掲証拠によれば、右計画どおり行うことは技術的にみてかなり困難であつて、採石期間は、相当長期にわたることを予想される。)にはブルドーザー、シヨベルカー等の採石機械、前記のとおり多数のダンプカー等の運搬機械が稼働することとなり、これによつてもたらされる騒音、振動は本公園の静ひつさを著しく阻害する。

(5) 本件山林は、基盤が花崗岩類及び片麻岩類から成るが、これらの岩石の風化が進んでいるため、元々崩壊し易い地質であるところ、現況の被覆している樹木を伐採し、表土をはく離し、大量の岩石を採取したうえ急斜面を造るときには広範囲の崩落を引き起こす危険性がある。

また、本件山林の樹木の伐採により森林の持つ保水機能が失われることとなるが、本件山林が多雨地帯にあるうえ、雲出川の源流部分に位置することを考えると下流一帯に水害が発生する危険性を高める。

更に、採石作業により多量の土砂が雲出川に流出し、水を汚染するため、下流で行われているあまごの養殖に被害を与えるおそれがある。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、にわかに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実、ことに本件申請に係る採石が行われると本公園の第三種特別地域内の植物相が広範囲にわたり失われるばかりでなく、本公園の美観が著しく阻害されるうえ、本件山林が原状に回復するのは極めて困難であると思われること等の事実に、原告は造林を業とするものであつて、本件申請はその営業のために必要なものとは認められないこと等をあわせ考慮すると、本件土石の採取の制限は、自然公園内におけるすぐれた風致及び景観を維持し保存するために必要かつ合理的な範囲内の制限として、何人も受忍すべき財産権の内在的制約の範囲内にあり、これによつて生ずる損失は、これを補償することを要しないものといわなければならない。

なお、原告は、採石後の復元により景観等への影響は一時的である旨を強調するが、しかし、前記のとおり原告の計画する方法、規模の植林が成功するかはなはだ疑問であるうえ、仮に成功したとしても本件山林の現況に近い緑が回復するには二〇年ないし三〇年という長期間を要するものであり、しかもその山容は大量の採石によつて大きく変化した人工的な形態のものとなることは明らかであつて、これが周囲の自然と調和するものとは考え難いことにかんがみると、原告の右主張は採用し難い。

3  以上により、原告は、被告に対し法三五条一項の規定による損失補償を求めることができないものといわざるを得ない。

三  よつて、その余の点を制断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 穴戸達徳 中込秀樹 小磯武男)

別紙〈省略〉

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